中国のみではなく日本でもおなじみの言葉です。
「己の遇不遇に関係なく忠義を貫く」そんな意味です。
本記事では、「忠臣は二君に仕えず(ちゅうしんはにくんにつかえず)」という言葉の意味や類義語、使い方など徹底解説していきます。
読み方 | ちゅうしんはにくんにつかえず |
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意味 | 忠義をたてる士は主(あるじ)を変えない |
使い方 | 移籍の誘いがあった時などに |
英文訳 | A loyal subject will not serve a second lord. |
類義語 | 忠なればすなわち二心(ふたごころ)なし |
対義語 | 七度主君を変えねば、武士と言えぬ |
忠臣は二君に仕えずとは?
「仕えず」は「事えず(つかえず)」が正しい。
「意味」忠義をたてる士は主(あるじ)を変えない
由来:王燭(おうしょく・中国戦国時代の斉の国の人)が言ったと『史記・田単伝』に記載されてます。「忠臣は二君に事えず、貞女は二夫にまみえない。」
「ことわざのイメージ」
女の操が固くあるべきなのと同じように、士のあるじに対する忠節も固かるべきだ。(春秋戦国時代にはまだ「忠」を守るべきだとはそれほどやかましく言われていなかった。)
①主(あるじ)を変えることはとても大きな変化で、それまでの人生の否定になるので断る。
②忠義のある人物と思われたい。(王燭が忠義を立てたことにより、士大夫たちにも忠義を守らせる効果があったのではといわれています)
(補足)移籍の誘いを受けて断るのに、論理的で隙のない断り方ができないときに、気持ちを伝える慣用句。
「使い方」(己や主の)遇不遇にかかわらず主を変えない
[chat face=”naruzou.png” name=”ためになるぞう” align=”left” border=”blue” bg=”none” style=””]主公が没落しても支えるなんてすごいね[/chat]
[chat face=”obaasan_face.png” name=”ためになるこ” align=”right” border=”green” bg=”none” style=””]有能なのに、主公に冷や飯を食わされても離れない人もいますね[/chat]
[chat face=”naruzou.png” name=”ためになるぞう” align=”left” border=”blue” bg=”none” style=””]どっちも忠君は二君に仕えずの気概を持っているんだろうね[/chat]
「例文」
たとえば支那と日本の習慣の殊なるもの多し。就中、周の封建の時代と我が徳川政府封建の時代と、ひとしく封建なれども、その士人の出処を見るに、・・(中略)・・・これに反して日本においては士人の去就はなはだ厳なり。「忠臣二君に仕えず、貞婦両夫に見えず」とは、ほとんど下等社会にまで通用の教にして、特別の理由あるに非ざればこの教に背くを許さず。
(福沢諭吉『徳育如何』)
「周の封建の時代」一応周の存続した時代(紀元前10世紀から紀元前3世紀)のことであろう。戦国時代(紀元前5世紀以後)には封建制とは呼び難くなっています。
「類義語」忠臣は二君に仕えず
忠なればすなわち二心(ふたごころ)なし
忠誠を誓うものは主君の意向に逆らわない。
「対義語」忠臣は二君に仕えず 2つ
七度主君を変えねば、武士と言えぬ
藤堂高虎の言葉。戦国時代には、自分をもっとも評価してもらえる場所で働くのが当然だった。
良禽(りょうきん)は木を択(えら)ぶ
賢い臣下は主君を選ぶ。リクルートする時の常套句。
「英文」A loyal subject will not serve a second lord.
He that serves two masters has to lie to one of them.(二人の主人に仕える者は、どちらかの主人に嘘を言わねばならない)
この言い回しでは、同時に二人の主君を持っているときの話だが、西ヨーロッパではフランス国王の臣下であり、イギリス国王の臣下ということは普通にあった(契約関係なので忠誠心はあまり関係ない)。おそらく以前の主君を離れて新しい主君に就くことは何も問題に思わなかっただろう。
まとめ
日本の戦国時代の忠臣の話題でこんな記述を見つけました。
色々な人物が浮かぶのですが、決定打がなく絞り込めないので
ちょっと意外な人物を挙げようかと思います。
藤堂高虎です。
主君を何度も変えたというイメージがあると思いますが、豊臣秀長に仕えてからは
高い能力を発揮して秀長を支えていました。
秀長死後は養子の秀保に仕え、秀保が早世してしまうと出家して高野山に上る
というなかなかの忠臣ぶりを発揮しています。
主君を変えないことが忠義を示すわけではないということですね。
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